一　上島諸島の除虫菊とゼラニウム（2）

　工芸特用作物のゼラニウム

　ゼラニウムは、戦後新しく導入した香料作物である。日本では鹿児島県で栽培されたが、台風その他の天災で成果が上がらず、転作のやむなき状態となった。その結果、世界の主産地である地中海沿岸地帯に類似した気象条件を具備する瀬戸内島しょ部を選んだ。ゼラニウムの栽培条件は、年平均気温一六～一八度Ｃ、年降水量一〇〇〇㎜程度で、冬期降霜のない温暖な気候を必要とする。
　昭和二六年から、伯方島を中心に約五haの計画栽培を開始した。表６―６の如く、栽培面積は順調に伸びたけれども、在来種のデンチキュラデム種は輸入種のブルボン種に比較して油の品質が悪く、売買価格も三〇％安価であった。それで、ブルボン種の導入に成功し、試作の結果、栽培が容易で油の品質も輸入品に劣らないことが立証された。それで、昭和三〇年以後、順次ブルボン種に更新し三三年には新品種への転換を完了した。昭和三一年から三二年の減少は品種更新のためである。
　かくて、ブルボン種の導入を契機に、昭和三二年から本格的な生産の展開期に入り、越智郡大西町を中心にその周辺にも新植した。昭和三二年には旧品種一三haを三〇〇人が、新品種二五haを六〇〇人が契約した。昭和三三年曽田香料㈱大西蒸溜工場が設置されて、本格的な栽培面積の拡大を図る基盤が確立された。こうして、昭和二五年曽田香料との契約栽培で発足したゼラニウム栽培は、大西町を中心に昭和二六年五ha、三二年三八ha、四一年一四〇ha栽培された。昭和四五年には、岩城村二八ha、波方町一〇ha、南宇和郡内海村七ha、越智郡菊間町に五ha栽培された。日本の生産量の八〇％、そのうち五五％が島しょ部、四五％が陸地部（地方）である。
　曽田香料は昭和一二年ゼラニウムの輸入が杜絶えてから、天然香料の国産化に努力した。戦後、曽田香料はゼラニウムを静岡で試作したが霜にやられ、鹿児島県開聞岳の川尻で成功していたが、これも台風で六～七年の努力が水泡にきした。そこで、瀬戸内の暖かい霜の降らない、しかも台風被害のない所として伯方町有津が選ばれ、岩城島・今治市・菊間町・北条地域から南予の北宇和・南宇和郡の無霜地帯に伸びている（表６―７・６―８）。新しいブルボン種は、伯方島の特産で瀬戸内の有利な条件は緩傾斜地で、温暖寡雨な台風の少ないことである。伯方のゼラニウムは兼業農家が多く、除虫菊より多少収入が多いため副収入の小遣い稼ぎとして、また昭和三四年頃にはみかんの間作に栽培したものが多かったが、間作は成功しなかった。蒸溜工場は伯方島の叶浦（農協）と有津（曽田）・金ヶ崎（個人）の三か所にあり、菊間町農協にも工場があった。
　島の競合作物は、反収（一〇アール当たり）一〇万円というみかん、七万円のたばこ、四―五万円の除虫菊とゼラニウム、三―四万円の甘藷と麦である（表6―9・6―10）。一貫目（三・七五㎏）当たり二五―七五円・平均五〇円程度で買い上げられたゼラニウムは、石けん・クリームに用いる香料となった。油は直接花王石けん・資生堂に出荷した。曽田香料は昭和三七年の操業で年産二〇〇㎏、加工は季節的操業体制で一回目が五月一五日頃、二回目が八月七日、三回目は一〇月下旬の三回であった。
　ゼラニウムは、畑に植え付けると三年間は連作がきくが、二～三年が一番よい。一〇アール当たり一年目に摘葉した葉から香料が四㎏、二年目六㎏、三年目五㎏とれた。香料の価格は一㎏当たり一万円、一ha当たり収入はみかんに比べてさほど悪いものではなかったが、霜害の危険性は栽培を不安定なものとした。摘葉は年三～四回、七～九月が一番歩止まりがよい。七～九月は〇・一八％、一～三月は○・○八％で、平均歩止まりは〇・一〇～〇．一二％である。
　岩城村の果樹試験場は、昭和二八年五月創立以来、ゼラニウム・除虫菊などの特用作物をはじめ、裸麦・甘藷・疏菜などの試験栽培を行った。この試験場が一〇年後の昭和三九年四月、果樹試験場に転換したのは、越智郡島しょ部の農業がようやく柑橘中心に転換したからである。昭和三〇年代のみかんブームは、除虫菊・ゼラニウムなどの商品作物を完全に駆逐してしまった。